コレステロールはなぜ「悪者」扱いされてきたのか

JBPRESSの記事より
個人的に残しておきたかったので。

「卵は1日1個まで」はもはや昔の話

 健康のため、血中コレステロール値のことを気にしている人も多いことだろう。コレステロールは心筋梗塞などにもつながる動脈硬化のリスクを高めることがよく知られ、「悪者」というイメージが広く定着している。では、なぜコレステロールは「悪者」になったのだろうか。そして、コレステロールと食事はどう関連するのだろうか。

生体に欠かせない脂質のひとつ、コレステロール

 先日、食事をしたとき、知人が「コレステロールが気になる」と、卵焼きを残そうとした。医者からも「卵を食べすぎないように」と言われたという。

 かつては「卵は1日1個まで」とか、「イカやタコは食べすぎるな」とよくいわれたものだった。しかし、いまでは、このようなコレステロールを多く含む食品を食べても血中コレステロール値には影響がないとされている。厚生労働省は2015年に日本人の食事摂取基準からコレステロールの上限値を撤廃した。とはいえ、「コレステロールの高い食品を食べすぎるな」という考えは、いまだ多くの人に浸透しているようだ。

 コレステロールは脂質の一種である。脂質は水に溶けにくく、有機溶媒に溶けやすい物質と定義される。生体内の主な脂質は中性脂肪、リン脂質、脂肪酸、そしてコレステロールなどと種類も多く、それぞれ重要なはたらきをしている。

 たとえば、中性脂肪は効率のよいエネルギー源として、また、リン脂質やコレステロールは細胞膜の成分として重要である。近年では、脂質メディエーターとよばれる、生理活性物質としての脂質の機能も注目されている。これは生体内の重要な生理作用を担うもので、その代謝異常はアレルギー性疾患や糖尿病など生活習慣病に関与するとされる。

 先に述べたように、コレステロールは細胞膜の成分として体中に存在する。細胞膜を安定化させるとともに、細胞内を出入りする水や物質のコントロールに重要な役割を果たしている。また、消化を助ける胆汁酸やステロイドホルモンなどの材料としても欠かせない。

 コレステロールは腸粘膜や皮膚、腎臓など体中の組織で合成されるが、その中心は肝臓だ。

 肝臓で合成されたコレステロールは、血液によって全身の細胞に運ばれる。しかし、水には溶けないコレステロールは、そのままでは運ぶことができない。そこで、「リポタンパク質」という水にも脂質にもなじみやすい性質のタンパク質と複合体をつくり、運ばれる。

 一方、細胞内で過剰になったコレステロールは肝臓に戻されるが、やはりそのままでは運べないのでリポタンパク質との複合体をつくる。これらの仕組みで生体内のコレステロールの濃度は保たれているのである。

 なお、小腸で吸収した食事由来の中性脂肪などの脂質も肝臓に運ばれる。もちろんこれらも水に溶けないので、リポタンパク質との複合体がつくられる。

「悪玉」を追うと、酸化LDLコレステロールにたどり着く

 リポタンパク質にはキロミクロン、VLDL(超低密度リポタンパク質)、LDL(低密度リポタンパク質)、HDL(高密度リポタンパク質)などの種類がある。

 これらリポタンパク質のうち、VLDLは肝臓で合成された中性脂肪をコレステロールなどともに脂肪組織に運ぶ。そして中性脂肪を放出したVLDLが、LDLに変換される。つまりLDLは、中性脂肪が放出されたため、相対的にコレステロールの割合が多い複合体ということだ。

 このLDLが、コレステロールを必要とする末梢組織にコレステロールを運ぶ。一方、過剰なコレステロールを回収するのはHDLだ。

 血液中のコレステロールは、よく「悪玉」と「善玉」に分けて認識される。LDLとコレステロールの複合体であるLDLコレステロールは悪玉で、HDLコレステロールは善玉とよばれる。LDLコレステロールは動脈硬化やそれによる虚血性心疾患と関わりがあることが知られ、この値が高いと動脈硬化が進むと説明される。

「コレステロールが動脈硬化と関わりがあると言われるようになったのは、100年以上も前のことです」と、脂質の代謝を研究する東洋大学教授の近藤和雄さんは話す。1910年には、ドイツのアドルフ・ウィンダウスがヒトの大動脈プラークには健常者の25倍以上のコレステロールを含むと報告した。プラークとは、動脈硬化が進むと血管壁に形成される異常組織のことだ。その後、1913年にロシアのニコライ・アニチコフが、ウサギにコレステロールを含む餌を食べさせると、ウサギが動脈硬化になったと報告した。

「ただし、そのころは血液中のリポタンパク質の分析は難しく、その実態は分かっていませんでしたから、動脈硬化の原因はコレステロールとはいえませんでした。コレステロールが身近になり、善玉とか悪玉といった言葉がよく知られるようになったのは1970年代ぐらいのことかと思います。コレステロールの分析ができるようになってからでしょうか」(近藤さん)

 1950年代にアメリカのジョン・ゴフマンが、超遠心分離という方法で血漿中のリポタンパク質をLDLとHDLに分けることに成功した。これがきっかけで、1970年代にはアメリカのリチャード・ハーベルらにより沈殿法による簡便なコレステロールの分析法が開発され、健康診断に血中コレステロール値が取り入れられることになった。また、1970年に7カ国で行われた疫学調査の結果が報告され、過剰な血中コレステロールと動脈硬化の関係が決定づけられた。

 1980年代になると、血管壁にとりこまれるLDLは酸化していることなどが示され、アメリカのダニエル・スタインバーグが仮説としてまとめた。酸化変性したLDLコレステロールが動脈の壁に取りこまれて炎症を起こし、動脈硬化を引き起こすというものだ。この仮説に注目が集まり、多くの研究によってその仮説が裏付けられている。

「卵は1日1個まで」は過去の話

 こうして「過剰なLDLコレステロールは悪玉」という図式ができた。しかし、コレステロールを含む食ベものの摂取がこの図式と直結しているかというと、そうではないようだ。

「コレステロールの含まれる食べものを食べると血液中のLDLコレステロールの値が高くなる、というのは間違いです。最初は動脈硬化の患者さんに卵やバターなどコレステロールを含む食品には気をつけなさいといった程度のことしか話していなかった。それなのに、伝言ゲームのように話がどんどん広がり、いつのまにか食べたらいけないと変わってしまったんです」と近藤さんは続ける。

 コレステロールの代謝に異常をきたすと、高コレステロール血症になる。しかし、コレステロールは生体でほとんど合成されるものであり、食事から摂ったコレステロールが直接コレステロールの代謝に関与するのは2割くらい。食事からのコレステロールの摂取量が多くなっても、生体内でコレステロール合成のバランスを取るので、食事からのコレステロールはほとんど影響ないのだという。

 コレステロールの代謝異常には、摂取エネルギーの過剰や運動不足、飲酒などの生活習慣のほうが影響する。さらに、LDLの変性や炎症には、喫煙や高血圧、糖尿病の影響が大きい。

「患者さんには、動脈硬化を予防するためにはまずは食事全体のエネルギーを減らしなさい、と話します。卵は栄養分が豊富で、抗酸化成分が含まれることも知られていますから、食べたほうがいいです。私の臨床医のころの経験では、夜勤明けに卵を食べるか食べないかでその日の調子が変わり、卵を食べると調子がよかったのです。卵は昔から多くの人を飢餓から救った貴重な食品ですからね。だから、栄養が不足しがちな高齢者などは、むしろ卵を食べるほうがいいと思います」と近藤さんは話す。

「それでも気になる方は、脂肪酸の種類に少し気をつけたほうがいいかもしれません」と近藤さんは補足する。動物性の食品に多く含まれる飽和脂肪酸や、マーガリンやショートニングに含まれるトランス脂肪酸が、LDLコレステロールを上昇させることが知られている。また、イワシやサバなどの青魚に多く含まれるn-3系不飽和脂肪酸が動脈硬化を防ぐことは古くから知られているし、近年の研究からは食物繊維や植物ステロールの血中コレステロールを低下させる作用も期待されている。

「卵は1日1個まで」といわれたのは過去の話だ。動脈硬化を予防するなら特定の食品を控えるのではなく、食事全体を見直そう。当たり前のようだが、結局いろんなものをバランスよく食べ、喫煙をやめ、適度に運動をする。健康はこれに尽きるようだ。